【アストゥリアス王国の聖堂建築┃基本データ】
国名:スペイン共和国
所在地:アストゥリアス自治州アストゥリアス県、オビエド周辺
登録年月日:1985年
遺産種別:文化遺産・・・ranking
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┃1┃アストゥリアス王国の聖堂建築の歴史背景
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イスラム教徒がイベリア半島に押し寄せ、718年、西ゴート族の貴族ペラーヨはコバドンガでイスラム軍の侵攻を食い止めました。
ペラーヨはスペインの英雄として賞賛され、アストゥリアスの国王になりました。
アルフォンソ2世(在位791-842年)
ラミーロ1世(在位842-850年)
オルドーニョ1世(在位850-866年)
アルフォンソ3世(在位866-910年)
これらの国王が統治している間、3つの聖堂が建てられ、その建築様式はロマネスク建築のさきがけになりました。
特にラミーロ1世の時にラミーロ芸術と言われ、3つの内、
2つが建てられました。
やがて、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を通して、
ロマネスク様式は広がっていきました。
914年、軍事的拠点だったレオンに遷都、レオン王国に改名。
1037年、カスティーリャ王国に併合されレオン=カスティーリャ王国に。
1035年、アラゴン王国に改名。
1516年、カルロス1世が国王になり、スペイン共和国になりました。
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┃2┃世界遺産に登録されている3つの聖堂
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1.サンタ・マリア・デル・ナランコ聖堂
2.サン・ミゲール・デ・リーリョ聖堂
3.サンタ・クリスティーナ・デ・レーナ聖堂
いずれも、千年以上昔の建築物です。日本では奈良時代の頃でした。
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┃3┃アストゥリアス王国の聖堂建築の感想
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今しがた、ルパン三世カリオストロの城をやっていました。
なので、今夜は西ゴート族が最も栄えた場所、アストゥリアス王国
をとりあげました。
カリオストロの城と比較するとまったく正反対な感じがしました。
小さくて赤茶色、城ではなく聖堂ですが、
国王ラミーロ1世が大切な妻パテルナの要望も取り入れた、
素朴で温かさを感じる館でした。
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